子どもの教育の最終目標は「子どもを大人にすること」
子どもの教育の最終目標は、有名校に進学させることや一流企業に就職させることでしょうか?人間に限らず、様々な動物を見ても子育ての最終目標は「子どもを大人にすること」です。つまり「育てる」の語源が「巣立てる」から来ているように、「親の元を巣立って、自分一人の能力と才覚で、より豊かに生きていくだけの能力を育むこと」といえます。
「大人」の条件は「自らの選択に対し己で責任をとれること」
それでは、身体発達面のみならず「社会的存在の人間」としての「大人」とはいったいどのような状態を指すのでしょうか。最低限の譲れない重要な条件の一つとして、「自らの意思で物事を決定し、自らの選択に対し己で責任をとれること」が挙げられます。
人生は「選択」と「決断」の連続です。朝ベッドから出るか、難しい問題を一人でもう少し悩むか誰かに相談してみるのか、一瞬の選択と決断が次に待つ未来を決めていきます。この「選択」と「決断」の能力は、人が生きていく上で大変重要かつ必要な能力です。
そしてそれは、「経験」と「学習」によって豊かに育てていくことが可能なスキルと考えられています。親は子どもが赤ちゃんの頃から、この重要能力をいかに適切に育んでいくべきか考え、育児計画のイメージを抱いておくことが大切です。
「巣立ちのゴール」はいつ頃が妥当か
精神的に成人すべき年齢の目安は、「15歳」が妥当と考えます。もちろんまだまだ新米成人ですから、ベテランの大人たちがサポートすべきことは山ほどあります。
15~25歳ごろの10年間で学生を卒業、就職を経験することが大半ですが、この時期に、成人として、社会の一員として学ぶべき事柄がたくさんあると感じます。中学1~3年にかけて、人は大きく成長します。大人っぽくなり、青年らしさが増します。つまり、もう「子ども」ではなくなるのです。そんな彼らを子ども扱いすることは、成長を妨げ得ると考えられています。
「自分で決める」ことは、その決断に責任をもつこと
物事を自分で自由に決めてよい、というのは一見非常に楽なことに思えます。子どもはいつでも「大人は何でも自分の好きにできていいな」と思うものでしょう。しかし「決断権」というものは常に他人と気持ちよく共存・共栄するための義務や責任と表裏一体です。
重要な事柄はすべてリーダーに決めてもらい、責任もリーダーに押しつける生き方は非常に楽です。子どもには「自分がどれほど恵まれ、守られているか」を教えると同時に、「自分の言葉と行動に責任を持つことの大切さ」を15年かけて教えていくべきと考えます。
子どものうちに「失敗の経験」を与えることが、決断の自由と責任を意識づける
そして、この「教え方」が子育てのポイントでもあります。親は子どもへの愛情ゆえに、「痛い思いをしないように」「傷つかないように」と、失敗を未然に防いでしまいがちですが、実はこれが子どもの自主性が育ちにくくなる原因の一つと言われています。「失敗の経験」を与えることが、決断の自由と責任について意識づけさせる学びのチャンスになります。
さらに子どもの間は、失敗したって少しも恥ずかしくありません。「転ぶから走ったらダメ!」ではなく、子どもにとっては走って転ぶ経験も大切なのです。そうすれば、どの程度のスピードが転ばずに最も速く走れるのかを学びます。
学校で忘れ物をするのも、試験に失敗するのも同様です。転ぶたびに、少しずつ素早く立ち上がることができる子になっていきます。ストレスからの回復力が強くなり、たくましく育つとも考えられています。
親が「ダメ!」を連発することで「失敗を恐れる子」にならないよう、小さい頃に「両親が必ず助けてくれるのだから、失敗しても大丈夫!」という深い信頼を育てることが大変重要と言えます。
幼少期は、親が選択と決断の「優れた手本」を見せてあげる
また、選択と決断の「優れた手本」を見せることも非常に大切です。「親の思いを子どもに押し付けないで」と主張する育児論もあります。しかし、まだまだ未熟な子どもと、経験豊かな大人の選択を比較はできません。「決定」の「親子意思比率移行」は計画的に進めていくべきです。
こちらの表をご覧ください。
5歳ごろまでは、0歳99%、1歳90%、2歳80%くらいを目安に、いずれも80%以上は親が決めるようにします。ただし、「気分や感情」で選ぶのではなく「論理的な理由」を説明できるように十分に考えてから決断の手本を見せます。実際に子どもに説明する機会がなくても、親自身の中で選択の理由を言葉にする練習をしておくことが、6歳以降の子育てに役立ちます。
3歳ごろまでは、例えば「1枚しかもらえない折り紙の色を何色にするか?」など、非常に簡単な選択を子どもに任せます。しかし、これらの経験から「一つの未来を選択したら、もう一方の未来は得られない」という重要なこの世の真理を感覚的に学んでいきます。
6~8歳ごろから少しずつ「自分で決める」経験を増やす
6~8歳ごろは、大きな責任が伴わないものにおいて、少しずつ「自分で決める」という経験を増やしていきます。時と場合にはよりますが、子どもが自分で決めたことに対しては、あとで変えたいと思ってもそう簡単には変えられないことを意識づけます。
そして8~11歳ごろから、親子で対等に話し合って物事を決めるようにしていき、徐々に決断のウェイトを子どもに委ねていきます。「自分で決める」という自由には「責任」が伴うことを覚悟していく時期です。自分の選択の結果、たとえつらいことや不利な結果が生じても受け止める心構えを養います。
第二次性徴期は、子どもが自ら考える機会を増やす
小6・中1・中2という時期は、アオムシの成長過程に例えると、デリケートなサナギの時期です。昆虫はサナギの時期に外部から不用意に触ると成虫への器官形成に重大な障害が生じて死んでしまいます。子どものサナギの時期は、心身も第二次性徴を迎え、知能も哲学的な話をよく考えるようになります。人間関係、社会関係など様々なことで、これまで当たり前と思ってきた事柄が自分の中で崩れ始め、もう一度それらに自分なりの意味付けをし、再構成していくという非常に重要な時期と考えられています。
それまでは、たとえ言葉で反抗していようとも、やはり親は子どもにとってすばらしく立派で絶対的な存在であったのです。しかし、このサナギの時期には「親というものは、世の中の全体像の中では案外小さかったのだろうか?」と深い意味で悩み始めます。
それまでは深く考えることもないままに「勉強するのが当たり前」だった子どもも、「一体何のために人間は勉強するのか?」と哲学的な迷路への第一歩を踏み出します。そして、このサナギの時期を乗り越えると見事に「成虫」となって美しい羽根を広げるのです。この時期に「困難から逃げ出さず、立ち向かい、乗り越える心構え」をしっかりと育てます。
15歳以降は、ほぼすべての選択は子どもにゆだねる
15歳を過ぎれば、大学受験や就職活動など、ほぼすべての選択は子どもにゆだねるようにします。親は「子離れ」の時期がきたと考え、「アドバイザー」「オブザーバー」くらいの気持ちでいるようにします。
しかし社会的にはまだ成人とは認められませんし、未熟さゆえの失敗もあるでしょう。「何もかも全部自分でやるんだよ」と子どもには発破をかけておきつつも、心の底では「最後の責任はすべて親が引き受けてあげるから、思いっきりやっておいで!」と見守る深い愛情を持って、広い世界に我が子を笑顔で送り出します。
子どもの前では「大人」でいることも大切
自由な選択と決断には責任が伴うということを学ばせるためには、「他人のせいにする」「言い訳をする」姿はマイナスになることが多いです。誰が何を言ったとしても、最終的な選択には自分自身も関与しているはずです。特に、夫婦間での「パパが○○をやってくれない」「ママのせいでこうなった」のような愚痴り合いは避けたいものです。
とはいえ、親も人間です。時には思いっきり愚痴りたいときもあります。ですから、まずはせめて「子どもの前」では見せないようにします。子どもの前でだけ大人でいればよいのです。そして、数年後にはいつしかその望ましい姿勢があなたの思考習慣・行動習慣として完全に身についていったりもします。子どもが親を育てるとは、まさにこのことなのではないでしょうか。
まとめ:幼少期から少しずつ着実に自ら決断する経験を作ってあげる
いかがでしたでしょうか?
子どもの成長のためには、たとえ親からすれば不安があっても、徐々に子どもに自ら自分の人生を選択し、その決断に対する責任は結局自分で負うものと身をもって理解させてあげることが大切です。
そのためには幼児期のころから少しづつ子どもの選択権を与えてあげることが必要です。大きくなってから取返しのつかない失敗をしてしまう前に、小さなことからたくさんの成功や失敗の経験を積んでおくことが、子どもがストレスに負けないたくましい大人になるために重要な要素となるのです。
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